~ 失業、うつ病、独身、現実は厳しい。でも、生きよう ~
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私は、うつ病を患っています。



1986年に入社して以来、2001年春まで、
私は、一貫して、同じ部署で、プロジェクトに全身全霊の力をかけて
精一杯頑張ってきました。
その期間、私の部署の課長も部長も理解のある人でしたので、
私は思いっきり力を発揮できました。
20人以上の部下を率いてのプロジェクトリーダーを務め、
次々とプロジェクトを成功させていきました。
(ちょっとだけ私の自慢(笑))



2001年秋、なぜか、突然、私は、全く別の部署に
異動になりました。
新しい部署の主任と課長と部長は悪魔でした。
些細なきっかけから、主任と課長と部長から憎まれて、
連日、酷い仕打ちを受け続けました。

(私が「悪魔」と呼ぶ定義は、
優しさや思い遣りといった人間らしさが全く無く、
自分にメリットをもたらさない弱者を憎悪して、
徹底的にいじめぬき、辞職や自殺に追い詰めようとする方々のことです。)

私は、新しい仕事になじめず、成果評価は最低ランクになりました。
(きっと、私には、いじめられっ子のオーラが出ているのでしょう・・・。)

2001年の秋から心身の調子がどんどんおかしくなっていって、
2002年の春に精神科に行ったら、即、うつ病と診断されて、
直ぐに休職して療養することを命じられました。
私の1回目のうつ病によるダウンは、
2002年の春から2003年春まででした。


うつ病との戦い、と言うよりも、自殺との戦いでした。
自殺を考えない日はありませんでした。
毎日、本気で、自殺を考えていました。
『完全自殺マニュアル』という本を買って、
その本の一番最初に紹介されている
「数百錠飲めば自殺できる薬」
を必死で集めて、千錠まで貯まりました。
それで死ねない時のことを考えて、首を吊るためのロープを
買って、ロープを掛ける場所も決めました。

休職中、職場のことは一切忘れるよう努力して、
母の農作業を一生懸命手伝ったり、
のんびりしていたら、
いつの間にか、
生きていてもいいのかな・・・?、
と思えるようになってきました。

うつ病の症状が軽減してきたので、
職場に復帰しました。


悪魔主任と悪魔課長と悪魔部長は、それぞれ出世していて、
私と、少し距離が離れたため、
私は小康状態が続きました。
なんとか仕事をこなしていきました。


しかし、2005年春に、新任課長(当時)の課に移され、
その新任課長は最悪の悪魔でした。
情け容赦無い徹底したパワハラで私を孤立させて、
職場内でいじめにあうようになって、
部内で完全な村八分になりました。
徹底して、会社を辞めるよう、強要する攻撃が延々と続いています。
(会社は上から下まで完全な成果主義です。
課のレベルでも利益が成果なので、
仕事の出来ない私が会社を辞めれば、
私の分の人件費が減って、課の利益が上がります。
課の利益目標は課長だけでなく、課員の連帯成果目標
にもなっているので、職場の皆からも、
私が会社を辞めるように、と攻撃されます。
だから、職場には、「友達」どころか「仲間」も「同僚」すらいません。
地獄の職場。)

2005年秋から、
うつ病が急激に悪化していって、
全く仕事ができなくなってしまい、
2回目のダウンをしてしまいました。


精神科の先生の話では、
「うつ病で、1度ダウンした人が、2度ダウンする確率は50%。
2度ダウンした人が、3度ダウンする確率は75%。」
とのことです。
精神科の先生は、会社の総務部長宛てに
「残業禁止!休日出勤禁止!自宅での仕事禁止!」
という診断書を書いてくれました。
その診断書を総務部長に提出して、
2007年6月に、何とか、復帰できました。

労働基準法では、医師の診断書は、会社に対して
強い力を持っているとのことです。
そのおかげで、
悪魔課長・ 悪魔部長は、私とかなり距離を置くようになって、
今は、うつ病は小康状態が続いています。
このまま、治ればいいなあ・・・と、お星様に願っています。





1回目のダウンの後、気分転換に、と思って、
映画をよく観に行ったのですが、
うつ病が完治していないせいか、
集中力・記憶力・気力が全く無くなっていて、
その頃観た映画の題名は思い出せるのですが、
映画の内容は全く思い出せません。

しかし、たったひとつの映画だけは、はっきり覚えて
います。
今でも、強烈な印象を、はっきり思い出せます。

2003年、
復職したばかりの夏に観た『ドラゴンヘッド』です。
私の大好きな映画です。
映画館で見ました
(勿論、ひとりで、です。
いつの日か、好きな女性と一緒に映画を観に行きたいなあ。)
飯田譲治監督、妻夫木聡・SAYAKA主演。

原作のマンガの『ドラゴンヘッド』が、大好きだったので、
映画化にも期待していましたが、
期待通りの素晴らしい映画でした。

実はこの映画、世の中の映画雑誌などの評価は
本当の最低中の最低でした。
しかし、私は、評論家の言うことなんて、
全く気にしません。



毎日通る場所にあった建物が、ある日、無くなっていても、
無くなる前に、そこに何があったのか、思い出せない
ことが、よくありますよね。
見慣れた風景は、日常と同化してしまっていて、
なんの感情も持たずに、通り過ぎているだけだから、
思い出せないのでしょう。
でも、そんな町並みや景色、全てが、ある日突然一瞬にして、
無くなってしまったら・・・。

とにかく、広大な廃墟のスケールに驚きます。
灰の舞う曇った空に、灰の山に埋もれたローソンの看板、
荒廃した渋谷駅。
それらの情景は、今、当たり前だと思っていることが、
本当は、当たり前ではないということを、
一瞬で認識させてくれるのです。
そして、闇と恐怖と絶望に、何度も、飲み込まれそうに
なりながらも、ひたすら、健気に、前進していく
主人公のふたりの姿は、私に胸にも、キリキリと痛いのです。

映画の最後近く、ようやく辿り着いた東京で、
いっそうの絶望を味わうふたり。
だが、長旅を続け、途中で、はなればなれになっても、
お互いを思いやる気持ちから信頼が生まれ、
その信頼関係は、ふたりに生きるための強さを与えて
いくのです。
想像も出来ない情景を見の前にしても、
ふたりは、そこから、決して目を背けない!
たったふたりだけになってしまっても、
絶対に生きてやるんだ、という潔さ。




うつ病のせいか、
少しのことで、
限界や絶望を感じてしまうこともある私ですが・・・
この映画の中で、
「どん底まで行けば、這い上がるしかない。」
という、そんな、生きることへの決意を強く感じました。
そして、私自身も、生きることへの決意をしました。



もし、よろしければ、あなたも、この映画を観てくださいね。





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