~ 失業、うつ病、独身、現実は厳しい。でも、生きよう ~
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
私のとっておきの映画を紹介します。

2004年の映画『いま、会いにゆきます』です。



恋愛も結婚も出来ず、既に諦めてしまった私(涙)なので、恋愛映画には全く興味がありません(笑)。

この映画にめぐり逢ったのは、全くの偶然でした。

2004年、
その日は金曜日で、会社が終わった後、
何故か、何となく、
「何でもいいから(笑)、映画が見たい!」
という衝動が沸き起こりました。
一番近くの映画館に行ったら、ちょうど、上映開始時間の直前の映画があったので、映画のタイトルも内容も全く知らない映画でしたが、そのまま映画館に入りました。
(勿論、私ひとり、ですよ。(笑))

映画を体験しました。

映画のエンドロールで、不覚にも、涙がこぼれてしまいました。



それが、『いま、会いにゆきます』です。



そんな偶然から見た映画でしたが、
この映画は凄い!
凄過ぎる!!!



この映画は、愛が生まれる、まさにその瞬間を捉えた傑作です。
初恋のときめきのような何かを含有した映画です。



しかも、それらですら、この映画の表面に過ぎない深さを湛えた映画です。

私は、この映画は、神についての映画だと思うのです!

私は、非常に強く動揺してしまいまいた。

今も、DVDで、この映画を観るたびに、
この映画の sense of wonder が、私のこころの奥を揺さぶり続けています。

(注:私は、根っからの理系なので、神の存在は信じることができません。
ただし、神の存在を信じている人を否定するものではありません!)





かつて、ここまで明確に「神」の姿を画面に焼き付けた映画が存在したでしょうか?



前世紀(20世紀)末、
「全ての映画は、撮られてしまった。」
という言説が世界で流行しました。
こうした「諦め」は、
映画だけでなく、音楽・マンガ等のサブカルチャー全てに
蔓延している「気分」です。

しかし、映画『いま、会いにゆきます』に接した時、
私は、こうつぶやかやずにはいられませんでした。
「映画は、いまだ、更新を続けている!
そして、表現には限界が無い!」
と。



恥も外聞も無く、
無邪気にそう思えるのは、
この映画が、奇跡的に、
恋愛の初期の「ときめき」に限りなく接近した
「なにもの」かを含有し、持続する力を
静かにみなぎらせているからです。

そのこと以上に、
奇跡が舞い降りたと思えるのは、
この映画には、「神」が偏在している、ということです。
私には、そう思えるのです。



「神」は、この映画の、いたるところに存在しています。
その「神」は、ひとつではありません。
「神」は、無数です。
だから、「神」は、擬人化にも偶像化にも陥りません。
「神」に形はありません。
「事象」として、そこにおかれているだけです。
しかし、
それは、
「知覚」できるものだし、
「近く」にあるものなのです。



先ず、
冒頭の松尾スズキの笑顔が素晴らしい!
この笑顔に、動揺せずにはいられませんでした。
森と湖の境界線に沿って横移動したカメラが捉えた
軽量オートバイが縦に疾走します。
穏やかな爆音を響きわたらせながら、到着した
その家の前に、
松尾扮するケーキ屋は、「贈りもの」を携えて降り立ちます。
玄関が開かれ、
店を閉めることになったから、これが最後の配達になる、
と伝える松尾の、不思議な充足感に満ちた深遠な微笑みを
目の当たりにしたとき、
私は、それが「神」の仕業であることを、
ほとんど根拠も無く理解することができたのです。
実際のところ、
誘いつつも、彼自身が、何かに導かれているような
不特定の笑いは、
私には、「神」と形容するしかないものと感じられたのです。



映画は、そこから、過去へさかのぼり、
ある父と息子が体験した不思議な数週間を描きます。
1年前に死んだ 妻 = 母親 が、彼女が遺した絵本の物語通り、
雨の季節に「復活」する。
その「復活」には、時空をこえた「理由」があった、
というのが、大筋です。



このような物語だから、「神」が偏在しているのではありません。
無数の「神」たちは、主人公たちに、直接手を下すというよりは、
むしろ、ただ「眺めている」感すらあります。

たとえば、
父親 = 夫 が勤める司法書士事務所の主は、
ただ、ひたすら居眠りだけを続けています。
眠りながら、ふとしたはずみで、リモコンを作動させてしまい、
そのテレビは、梅雨の到来を告げるのです。
展開を稼動させる、こうした動きは、
あくまでも、能動的ではなく、受動態の結果としてだけ
示されるのです。

あるいは、
少年に対して、
「秘密ってのは、いいもんだよ!」
と聡明な啓示(なんて素晴らしい!)を、
さりげなく与えもする
小学校の先生は、本作の中で、最も直接的に
「神」の輝きを身にまとっています。
その「神」であるはずの彼女ですが、
ある時、
少年に、「決断」を迫られたりもします。
梅雨が去ると母親も去ることを知っている少年は、
ある日、突然、晴れわたっていく空を感知するやいなや、
授業中、立ち上がり、
僕は、今、直ぐに、帰らなくちゃいけない、
と宣言するのです。
彼女は、
それを優しく受け止めるのではなく、
動揺しながらも、その真剣さに、ただ納得する
YOUの演技のざわつきは、
『誰も知らない』 (この映画も大傑作!)
の母親役を凌駕するほどの崇高さに達しています。



あるときは、笑い、
あるときは、眠り、
あるときは、うろたえもする
「神々」。



物語においては、あくまでも、細部にすぎない
こうした「事象」が、
映画を活気づかせ、画面の大気や温度を
明らかに更新していることに気付いた時、
映画には、表現には、限界が無いということ、
そして、そんな映画が、今、ここにあることを実感できて、
私は、、
この奇跡の映画に出逢えたことに感謝し、
涙するのです。





私のように(笑)恋愛映画に全く興味が無いひとは、この映画を観ていないことでしょう。
しかし、そんなひとにこそ、この映画をお薦めします。
「だまされた!」と思って(笑)、DVDで観てみてください。

この映画をご覧になったことがあるひとは、どうか、ぜひ、一言でいいですからコメントをご記入ください。
待っています。








スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
こんにちは
この間はコメントありがとうございました
先ほど部活から帰ってきて久々にいい汗をかきました

私も「いま、会いにゆきます」知っています
友達に勧められて本も読んだことあります
映画もありますが、ドラマもあるんですよ
ちなみに私は映画のほうが好きです
映画もう一度見たいので、テレビで放送されてほしいですね
2009/05/09(土) 12:12 | URL | 桃華[ 編集]
桃華さん、ありがとうございます!
桃華さん、こんばんは!
猫宮です。

コメント、ありがとうございます!
とっても嬉しいです。

> 先ほど部活から帰ってきて久々にいい汗をかきました

私は、毎日、会社で、冷や汗をかいています(笑)。

> 私も「いま、会いにゆきます」知っています
> ちなみに私は映画のほうが好きです

桃華さんも、あの映画が好きなのですね!
嬉しいです。

ドラマは知りませんでした。
(私はテレビを見ないので。)

本は読みましたが、
映画のほうが、断然、優れています。

私は、blogで、なんだか偉そうなこと(笑)を書きましたが、
あの映画のDVDを見るたびに、
本心では、やっぱり、
恋愛っていいなあ・・・
結婚っていいなあ・・・
と思ってしまいます(笑)。
(決心して、諦めたはずなのですが・・・(涙)。)


冷静に考えると、あの映画、つっこみ所が満載ですよね(笑)。
たった1回デートしただけで、結婚するなんて、
そんなことがありえるのだろうか???
など、です(笑)。

どうか、また、コメントくださいね。

それじゃあ、また!

猫宮しろいち
2009/05/09(土) 20:16 | URL | 猫宮しろいち[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://nekomiyashiroichi.blog59.fc2.com/tb.php/184-6286a658
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。